思考のもつドラマ性と隔絶された空間でのジレンマ
どうもこんにちは、冨坂です。
最近...!クロサワが...アツい...っ!!
ということで「最強伝説クロサワ」が面白すぎた。深夜の漫画喫茶にてサイレントで爆笑。こりゃ福本伸之最高傑作なんじゃなかろうか。特に前半の、主人公クロサワが職場での人気取りのために皆にアジフライを配るか否か逡巡し、配っても自分のおかげだと気づかれないあたりの、一連の一人心理戦がバカバカしすぎる。
クロサワや「孤独のグルメ」を読むと、人間の(中でも世間的にはどうでもいい)モノローグが、脳内の出来事がいかにドラマを含んでいるか思い知らされる。確かによくよく考えてみると自分も食事するときにやるもんなー。「コロッケ1にご飯2の割合、そしてソースでキャベツを食べることで、おかわりしてもおかずが無くならない。完璧だ、絶対崩すな...!...ん?うわーっ!かぼちゃコロッケだ!おかず力が変わってくる!プランを組みなおさねば...っ!」とか。
なんで漫画喫茶に一晩もいたかというと、そりゃ公演後で貧しいとはいえネットカフェ難民になっていたわけではなく、4月に千葉県西端から東京都東端に引っ越してネットがつながっていないので。というかネットもない、TVもない、新聞もまだとってない、世界から隔絶された部屋で過ごしているので。東京都民なのに情報砂漠!不毛!おれは都民様だぞ...!
普段台本を書くときは集中するために、電脳空間へ逃げないために、インターネットのモデムをLANケーブルでぐるぐる巻きにして押入れに入れたりするのだけれど、そういったものが無い今は台本を書くための(ネットも用いる)調べもの段階だったりする。書く段になるとバーチャルライフが充実してきてしまうのでジレンマ。
どうでもいいけど「ジレンマ」って語尾が煮え切らなさすぎ。「ジレンマル」とかにすりゃいいのに。
2008/04/15 トミサカ | 個別ページ | コメント(0)